2009世界選手権Rettenbach9/1-6(AUT) Link
代表選手 新谷起世(TeamDLWH) 岡田利修(TeamDLWH) 飛鳥井匠哉(TeamDLWH)
新谷大地(中尾山高原GSC) 木川将軍(サンパーク都留GSC) 八島徹也(七ヶ宿GSC)
監督 根岸一之(JGSA)
![]() |
![]() |
![]() |
|||
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
|
2009年世界選手権を終えて 今回の世界選手権には6名の選手が出場する。飛鳥井、岡田、八島、新谷(大)、木川、新谷(起)である。8月31日成田を出発し、いざオーストリアへ。 翌日、そのワールドカップの開催された場所にてトレーニング。スラローム、ジャイアントスラロームを軽めの調整。 いよいよ世界選手権のはじまりである。本日はトレーニングの日。コースはとても長く日本にはない長さである。 いよいよ大会初日、大回転である。朝のアップではちょっと硬さがみられた。 本日は雨の中、スーパーGである。飛鳥井は腰痛のため欠場。まずは女子新谷(起)。 スラローム1本目新谷(起)がスタート。トップとコンマ差で2位の好位置をキープ。 いよいよ最終日コンビネーションである。 根岸一之 |
|
![]() 新谷起世(Team DLWH) GSL 10位 SG 3位 SL DNF SC DNF |
この度9月1日より行われました世界選手権へ出場させて頂きました。 私が出場するに当たりお世話になった全ての皆様に心から感謝申し上げます。 私にとって今回が3度目の世界選手権でした。 今年はこの世界選手権のために今までの全ての時間を過ごしてきました。 5月と6月に行かせて頂いたヨーロッパ遠征では初のワールドカップ優勝。そしてFISランキングもSLでは1位。スーパーコンビでは2位、と確実に実力をつけてくることができていました。 今まで自信が無かった高速系の種目もスキーへの乗り方、操作方法の改善によって成績を出せるようになってきて自信もついてきました。 またDLWHグラススキー WC-Xも改良を進め世界選手権へは新しいサムライサイドガイドで挑むことができ、私には常に最高の準備が整っていました。 世界選手権の会場は以前にも滑ったことがあるコースでしたが、ゲレンデ上部は新しく作られていて新コースとなっていました。 それにより、よりスピードが出るコースになっていました。上部の急斜面を過ぎると次は緩斜面、そして大きく右にカーブしながら最後の急斜面に入っていくと言うコース変化に富んだコースでした。そしてもちろんガタガタも有ります。 決して簡単なコースではありませんでしたが、世界選手権前に行われましたワールドカップ マリアグッキン大会の会場に比べれば簡単だったので自信をもって世界選手権に挑みました。 大会初日はGSでした。 私は1本目で失敗してしまい1度止まってしまいました。2本目は2位のタイムでしたが結果は10位。 大会2日目はスーパーGでした。 この日は朝から雨で、周りの選手達のテンションが下がっていたので私はチャンスだと思っていました。雨の中競技が始まり、私の2人前の選手がスタートした後スタートがストップしてしまいました。計測器のトラブルのようでしたが、最悪なことにその瞬間から雨がどんどん激しくなり私がスタートするときにはもう土砂降りでした・・・結果は3位でした。終わってみるとトップとの差は僅かで勝てるレースだったと思いました。悔しかったけど、この3位の銅メダルを一緒に喜んでくれる人が沢山いたので私は幸せでした。 大会3日目はスラロームでした。 1本目を滑り終わった地点で2位。リラックスして2本目に挑みました。 前の選手がどんどんスタートしていき、全てが順調に進んでいると思っていましたがそれは間違いでした。1本目5位くらいからの選から、実際は誰もゴールできていなかったのです。何も気付かず私も全力でスタートしました。そして最後の急斜面でゲートに入りきれずアウト・・・1本目1位だった選手も同じようにアウト・・・1本目3位だった選手も同じように失敗し転倒していたのです。完璧に作戦ミスでした。 自分で周りの状況を判断し、戦い方を変えるべきでした。この日の2本目は全力で行くのではなく、確実にゴールするべきでした。 大会最終日はスーパーコンビネーションでした。 1本目のスーパーGでは6位。2本目のスラロームに勝負をかけました。 今日まで1本目5位以降からの大逆転優勝が2回も起こっていました。勝負は終わってみるまで分からないもの・・・まだ自分は優勝を狙える位置にいるんだと自分に言い聞かせていましたが、スタートまでに強い気持ちを作ることができませんでした。 2本目のスラロームでは急斜面に入る手前で転倒してしまい、結果を残すことはできませんでした。 今回は金メダルを取ることはできませんでしたが、それ以上に沢山のことを学ぶことができた遠征でしたのでとても満足しています。練習の新たな課題も見つかりましたし、またレースに挑む時の気持ちのあり方、集中の仕方、更に上を目指すためのヒントがそこには有りました。 次の世界選手権は2年後ですが、そこで優勝し、日の丸を揚げ、国歌を流すことを今後の最大の目標にしこれからも一生懸命取り組んでいきます。 このチームで一緒に戦うことができて嬉しかったです。 最強で最高のJAPANチームでした。 また2年後、1人も欠けることなく顔を合わせたいです。 そして現地オーストリアでお世話になりました、マンフレッド・ペーシック氏、マークス・ペーシック氏、シュピンカ・クラウス氏にも心から感謝しています。彼らがいての私であり、彼らの協力あっての私達JAPANチームでした。 この度私達JAPANチームを応援してくださった全ての皆様、本当にありがとうございました!! |
![]() 岡田利修(Team DLWH) GSL 23位 SG 25位 SL DNF SC DNF |
私は、今回でグラススキーの世界選手権に参加させていただいて2回目となりました。 前回まだグラススキー歴もあまり長くなく、完走するのがやっとでしたが、今回は今年の7月にワールドカップにも出場したりと、ある程度自信を持って望めるはずでした。 しかし、いざ今回行ってみると6月の雨が多かった状態のときとは異なり、天気が良く芝面は硬くしまり自分が思っているパフォーマンスをする事が出来ませんでした。 もっともっとトレーニングをつみ、たくさんの経験を積む事が重要なスポーツだと身を持って感じました。 |
![]() 飛鳥井匠哉(Team DLWH) GSL 22位 SG DNS SL 15位 SC 18位 |
2009FISグラススキー世界選手権オーストリア−バドテッツマンスドルフ−レーテンバッハ大会 この度は、表記の大会に派遣していただきましてどうもありがとうございました。 社団法人日本グラススキー協会を支えていただいている皆様、TEAM DLWHグラススキークラブの皆様と生徒の皆様に心より感謝しております。 私の今回のレポートは、特に今後世界を目指す若いグラススキーヤーに向けてのメッセージとさせていただきます。 さて、8月25日の出発から 2009FISグラススキーワールドカップ−オーストリア−マリアグッキン大会についてですが、私達遠方から参加する選手にとって、一番大切になる事は時差の調整です。出発の数日前から生活のリズムを変え始めて、飛行機の中でも許される限りトレーニングをするなどして、神経が鈍くならないように、また、睡眠のリズムを現地に合わせる事ができるように調整します。 2週間も前から現地入りしてゆっくり体が慣れるのがベストですが、そう言った事は出来ないので、到着直後、体調がすぐれなくても走りに行って汗をかいて、身体の機能を刺激します。 そしてしばらくは早起きが基本です。今回大会までのトレーニングは朝6時から1−2時間だけ行いました。もともと時差があるのでそれほど辛いとは感じないものです。 最初のレース会場は「粘土質の地面に牧草」が整った凹凸の多い条件でした。このような斜面は晴れの天気や乾燥が続くと恐ろしいほど硬くなります。 まるで道路の上をグラススキーで滑らされているようです。 また、雨が降るとそれまでの条件がうそのように柔らかくなり、スピードが出なくなり、また横滑りもしないようになります。 大会前に固い斜面に恐れてしまい、雨や朝露で濡れた斜面が以外と滑りやすく、大会本番でもったいない結果に終わってしまう事はよくあります。 しかしながら、誰もが最初からそのような事ができるわけもなく、時には自分の現状を冷静に把握して、大切に滑る事も必要です。現在のルールでは「リバース30」が採用されており、2本目も早いスタートで滑る事も、リザルトを残すためには大切になります。 特に表面の地質の下の層に石が多いコンディションの際には、掘れた後にカチカチの石交じりのゲレンデになる事もあり、未経験の選手には厳しい条件になります。 もちろん経験が進み、身体が現地に対応できていればそのような事を考える必要もありませんが、日本の選手が到着後最初のレースで次のレースに備えるためには大切な事です。しかしながら、少しでも気を緩めると、その30にも入ることなく、予選で落ちてしまい、2本目さえも滑る事が出来ないのが、世界のレースの難しいところでもあります。 最初のレースを終わり、次の世界選手権に向けて調整に入ります。 翌月曜日はスイス、スロバキア、イタリアのチームとマリアグッキンの本コースで合同の練習になりました。 私には見慣れた光景でしたが、日本の他の選手には、他の国の選手達の秘めたる力が、そこで衝撃的に映ったようでした・・・ 「他国の選手達は練習のときの方がはるかに巧い…」と・・・ ヨーロッパではほぼ毎週末、国際大会が開催されていて、トップ選手達は皆それを転戦しています。 様々なコンディションを冷静に分析して、怪我することなく、1年間を戦わなければなりません。また、そうすることが上達の最短のルートにもなります。途中で体を痛めてしまっては上達のチャンス、経験を積むチャンスを逃すことになります。したがって到着直後のゲレンデでは、また、大会の際には非常に上手に安全策を取ります。それが「本番に弱い」とか「その割には完走率が低い」とか感じる事もありますが、「無事これ名馬」であることは、大切なことなのかもしれません。 練習の時に万全の状態であれば非常に高いパフォーマンスを発揮する能力を持ち合わせているのがヨーロッパのトップ選手達です。 大会直前の練習で少し見ただけでは、ヨーロッパの選手達は参考にならないのです。 会場をマリアグッキンからレーテンバッハに会場を移し、公式練習が始まりました。こちらは「粘土質に牧草半分、芝半分」のコンディションで、到着直後は晴れていたのでとても固い状態でしたが、雨が降る予想になっていたので、本番で攻めあぐむ事がないようにイメージしなければなりません。 開会式では「バドテッツマンスドルフ」のスポーツ、温泉、リゾートとしての特徴を生かし、とても盛大に行われました。開会式は最初バドテッツマンスドルフのセントラル広場で行われ、そして各選手が「オールドタイマーズクラブ」といったクラッシックカーのクラブの用意する素敵な車に一人一人分乗して、「レーテンバッハ」の第2開会式に移動しました。2時間くらいかけての大パレードでした。私の車は「ポルシェ」でした。こういったところは、こういった大会のだいご味の一つです。 そして、車に乗ったまま、第2開会式の会場では「YUKIYO SHINTANIのいるJAPAN TEAM」と紹介され、大歓迎されました。が、これはいつの日か「NATIONS
CUP CHANPION TEAMJAPAN」と言われるようにならなければなりません。 レースが始まりました。 レースは毎日テレビで生中継され、多くのお客さんに見守られました。 アルペンスキーのWCでお馴染みのビックスポンサーが日替わりで大きなバルーンを立てて、私の過去7回参加した世界選手権の中ではもっとも盛大だったように感じました。 私が印象に残ったレースの一つはスラロームです。 スラロームは前半がゆるい斜面なのでそこでの差が大きく出てしまいましたが、1本目を23位で折り返し、2本目が終わった時点で15位の結果でした。 私にとってはこれが過去最高の成績でした。 当日の朝まで雨が降っていました、実のところ雨が降った直後よりも、午後2本目の最中の方がコンディションが悪くなる事が解っていました。 粘土質の場合、大概、水はけは良く雨が降っていても、その直後でも水たまりになる事は少なく、また地表も一定以上は柔らかくならないので、極端な横滑るもしないのですが、午後のレースは表面ばかりが乾き、中はぐちゃぐちゃなままなので、「最中」のようになり、コースのあちこちに穴が開いたようになってしまいます。そしてそれを、滑りだすまで気がつく事ができないし、普通コーチや観客にも解らないのです。 そう言った点で2本目に7番目に滑る事ができたのは順位を上げる要因になりました。ビデオで見てもらえばわかりますが、私の映像では、ゲートの横でグラススキーが沈み、膝を抱え込んで切り替えているのが解ります。コースの一部だけに穴があいているので規則的に滑る事ができていますが、これがターンの中で複数になるとそうはいかなくなり、難しくなるのです。 そして、今回は滑り終わった時点で「ラップタイム」でゴールして、多くの方々から喝采を頂き、自然に両手が上がりました。私の選手生活の中では最高の瞬間の一つでした。 すごく短い時間でしたが、マイナーと呼ばれるスポーツに取り組む中で、多くの観客の皆様が見ている中で滑走させていただいて、たとえ一瞬でも賞賛される機会に恵まれた事は、「夢が叶った」と言っても良い出来事でした。 この短い時間の為に、ずいぶんと長い時間を費やしてしまったものだと、そして、とても多くの方々に迷惑をかけてしまったなと、後悔もしましたが、いろいろな偶然も巡り合わせて、本当に短い一瞬でしたが、そう言った気持になる事ができて、幸せでした。本当にありがとうございました。 日本チーム全体のレベルが大きく上がっていると実感しました。 多くの方々のご努力で、日本でもFISレースが開催され、過去に比べて世界とつながる期間や時間が短くなったからだと思います。 そういった時代の中で、これから若い選手達がさらに大きなチャンスをより短い時間でつかむ事ができる事を切に願っています。 |
![]() 新谷 大地 (中尾山高原GSC) GSL 25位 SG 32位 SL DNF SC 22位 |
私は今回日本代表として世界選手権に初出場させていただきました。 初めてということで、思いっきり滑ることだけを考え、悔いの残らないようにしようと思っていました。 最終選考会の2種目目で転倒にたにもかかわらずB代表として選考されたことも励みとなり、大会に向けての練習期間が夏休み期間だったこともあり、実家のある中尾山高原グラススキー場で最終調整を行わせていただいたりして世界選手権に向け心技体ベストな状態で日本を出発することができました。 出発前日は同じく代表の木川選手の家に宿泊させていただきました。また出発当日はご両親に成田空港まで送っていただき、大変お世話になりました。ありがとうございました。 成田空港で根岸さんと合流し、協会の方に見送られながら出発となりました。 ウィーン空港では飛鳥井さんに出迎えてもらい新谷選手、岡田選手、八島選手と合流しました。 翌日はマリアグッキンで練習を行いました。とてつもなく恐ろしいスキー場でしたが、スリリングでそれも楽しく良いトレーニングができました。 トレーニング終了後世界選手権会場へ移動しました。 大会初日は公式練習でした。予想以上の急斜面でしたが問題なく滑ることができました。 競技は大回転からスタートでした。もっとも得意とする種目なので1本目から思いっきり攻めの気持ちでいきました。しかし自分の滑りは出し切れませんでした・・・。 翌日はスーパーG。この種目も好きな種目なので思いっきり攻めて行きましたが、中間の緩斜面で遅れてしまい思うような滑りは出来ませんでした。 競技3日目は回転でした。 回転競技はいつものように滑ることだけ、自分の滑りをすることを心がけました。しかし本番になると全く普段の動きができなくなり、良い結果を残すことはできませんでした。 最終日はスーパーコンビでした。 1本目のスーパーGは先日の反省をいかしてしっかりと完走し、2本目の回転でも完走はすることができましたが、最終日も自分の力を出し切ることはできませんでした。 私は今回の世界選手権で多くの事を学びました。特にスタートするまでの気持ちのもって行き方が自分の普段の滑りをする為には重要だと改めて感じました。 いつも支えてくれている両親。多くの支援、愛情を注いでいただいております。 またグラススキー協会の皆さん。このように世界を経験、世界に挑戦させていただく機会を設けていただきました。本当にありがとうございました。 他にもプロショップダイチの飛鳥井さんからはマテリアルの支援をいただいたり、練習環境を整えていただいたりと多くの支援をいただきありがとうございました。 |
![]() 木川 将軍 (サンパーク都留GSC) GSL DNF SG 46位 SL DNF SC DNF |
今回で世界選手権には3回目の出場となりました。 今までの世界選手権では結果を残す事が出来なかった事もあり、今回はリザルトを残す事を第一前提とし、後悔だけはしないように全力でアタックする事が目標となりました。 しかし、オーストリアに到着後、前週にワールドカップが行われていたマリア・グッキンにて、早速のヨーロッパの洗礼。 中々思うようにさせてくれません。 トウモロコシ畑を横目に半日グッキンにて練習させて頂き、PMに会場へ移動。 途中、約1時間のウィーン弾丸観光にて、素晴らしいウィーンの街並みとキレイなヨーロッパ美女により気分をリフレッシュする事に成功。 その後無事現地到着。 早速次の日から世界選手権が始ります。 1日目はAMトレーニング。 コース最上部のSGLのスタートからフリーラントレーニング。 初めてのコース、しかもここはヨーロッパ。 地面や芝、コースのうねり等を確かめながらトレーニングしました。 しかし思ったよりも状況は悪くなく、気持ちよく滑る事が出来ました。前日のグッキンでのトレーニングが効いていると思われます。 2日目は早速GS競技。 スタート右下がりの急斜面から一気に左に90°カーブというなんとも刺激的なコースセッティングに臆することなく攻めてみたんですが… 緩斜面から最後の急斜面に入る箇所で曲がりきれず、ビデオ撮影中の根岸監督に引き寄せられるかの如く観覧エリアに一直線。力が入りすぎで冷静さが欠けていたかと思います。 3日目大雨の中でのSGL。 トレーニング中更に強くなる雨の中、中止も考えられましたが、ここは世界選手権。 何としてでも開催されるだろうと予想すると共に、自分の中ではどうしても滑りたかったのでオンタイムでレースが行われ感謝です。 前日まではすごく天気が良かったのに対し、この日は大雨。 当然地面状況は大幅に変わり、思うようにタイムも出てない様子でした。 監督から攻めてこないとタイムが出ない!との情報を頂き、いざスタート。 確かに思うようにスキーが滑らない状況です。この状況はなんとかしなければ! なんとか! とかなんとか思っている内にゴールしてしまい、結局滑らないままのレースになってしまいました。すごく力不足を感じるレースとなったと共に、終わってみれば46位というリザルトを残せました。 4日目SL。 この日は前日の雨は止んだものの地面状況は非常にスリッピー。 コースセッティングも難しくて、緩斜面から急斜面に入り、中盤に置かれたヘアピンゲートに入りきれずアウト。 力が入りすぎてしまい、硬くなっていたと思います。 5日目SCB。 泣いても笑っても最終日。1本目SGLから始ります。 SGLに関しては前々日の反省を生かすと共に、絶対に悔いは残したくない!の一心でSGL時よりも真っ直ぐにセッティングされたセットで出来る限り攻めました。 インスペクション時から真っ直ぐなラインしか見えてませんでした。 結果、ゴール3旗門前でアウトしてしまいました。 振り返ってみると、SGLの46位のみのリザルトとなってしまいましたが、当初の目標である後悔しないようにアタックはできたと思う。 過去2回の世界選手権は出場するだけで精一杯でした。 しかし今回は違いました。 そのまま帰ってくるわけにはいかない。 今回、ほんとうに沢山の方々の暖かいご協力があったからこそ世界選手権に出場出来ました。 出場選手それぞれが色々な思いを持って出場していると思いますが、私自信、今回のことで大きく成長出来たと思います。 今となってはリザルトを思うように残せなかった事は悔やまれますが、それは結果として真意に受け止め、その過程と経験は自分の為でもあると共に、後輩達や日本のグラススキーヤーに伝える事も世界選手権に出場した者達の使命であると思います。 SGLでゴールした時にチームメイトから「完走おめでとう!」と声を掛けてもらった時は涙が出るほど嬉しかった。 各競技のスタート前はグラススキークラブのみんなが応援してくれている顔が浮かんできて、心強かった。 皆に守られて滑れると思うと幸せでした。 そういった全ての経験を受け、大きく成長できました。 最後に、ご協力頂いた全ての方、根岸監督含む日本チームの皆、日本で送り出してくれ、お迎えまでしてくれた藤田さん(朝一ターミナル間違えてごめんなさい!)に感謝し、世界選手権レポートとさせて頂きます。 ありがとうございました。 |
![]() 八島 徹也 (七ヶ宿GSC) GSL 12位 SG 24位 SL DNF SC 11位 |
まず初めに今回世界選手権の出発までに、沢山の方々に応援、ご協力頂き大変感謝しています。 今回で世界選手権は3回目、ジュニア大会を合わせると5回目の遠征となりました。私の中では食事が1番の難関で、初めての遠征に比べたら大分なれてきましたが、やはりパン食と言うものが好きではありません。しかし今回は、周りの方々が気を使って下さり中華や、日本料理屋に連れて行ってくださいました。お陰で食へのストレスがなくなり、試合に集中することが出来ました。 そんな中迎えた初戦のワールドカップ、コースは人生で1番難しいと思いました。しかし、当日の雨のお陰でバーンはソフトになり自分の滑りが出来ました。結果は、SL8位入賞。滑りの内容としては失敗が多かったので悔しい気持ちが残りましたが、結果としてはこれからに自信を持てる様になりました。 その勢いを持ったままの世界選手権。ジュニアで一度行った事があったので、とてもリラックスした気持ちで挑む事ができました。 初戦のGS、ワールドカップでは今一調子が悪かったので、気持ちだけは負けない様にスタートでは思いっきって行きました。 全体的に振り返ってみると、トップとの差と言うものは確かにありました。 その一人目になれる様に日々頑張っていきたいと思いますので、これからも八島徹也を宜しくお願いします。 今回は本当に有難うございました。とてもいい経験ができた遠征でした。 |