FISグラススキー世界選手権2005 (IRAN Dizin)
新谷起世&中野佐保里 世界選手権入賞!!
イランにて開催されました世界選手権。今大会は日本人初入賞!新谷&中野選手活躍の活躍、そして飛鳥井・石川・木川選手も日本代表として頑張ってくれました。
代表選手の皆さんお疲れ様でした。ご協力、ご声援いただきました皆さんありがとうございました。
遠征日程2005年9月1日〜12日
代表選手 新谷起世(中尾山高原GSC) 中野佐保里(TEAM DLWH)
飛鳥井匠哉(TEAM DLWH) 木川将軍(サンパーク都留GSC) 石川豊彦(入間市役所)
大会リザルト(イランスキー連盟)
9月6日 女子SL 新谷起世6位 男子SL飛鳥井匠哉17位 石川豊彦22位 木川将軍27位
9月7日 女子GSL 新谷起世6位 男子GSL飛鳥井匠哉30位 石川豊彦34位
9月8日 女子GS 中野佐保里6位 新谷起世8位 男子SG 飛鳥井匠哉29位 石川豊彦35位
コンビ 新谷起世6位 飛鳥井匠哉17位 石川豊彦21位








代表選手レポート(原文)
キャプテン 飛鳥井匠哉(TEAM DLWH)
この大会もまた多くの方のご尽力で開催されている事にお礼を申し上げます。
また、この大会に日本代表チームを参加させるためにも多くの方々のご尽力があったことと思います。重ねて厚くお礼申し上げます。
1.今回の日本代表チームの様子について・・・
技術的な点。
日本国内の永年の取り組みの成果から、男子も女子も技術的には「世界最高」のテクニックを習得できる環境にあります。
今大会で史上初の快挙となる結果を残した、新谷起世と中野佐保里が得意とする「ハイドロヒップインサイド」
と呼ばれるテクニックは、各国コーチからも取り組みについての説明を求められるほど(もちろん教えませんでしたが)
、グラススキーの「安全な上達」を期待できるテクニックであると賞賛を受けました。
最終的に「世界一のタイム」を求める為には滑走中以外の要素「スタート」「ゴール」「それに至るまでの大会前(スタート前)の過ごし方」
などが課題となりますが、それらを習得する為には「(グラススキーならではの)特別な環境への適応」が必須となります。今後の強化の課題となるでしょう。
男子選手達にとっては「最高スピードのなかでのターンテクニックの発揮」が勝負のポイントとなりました。
日本国内でのゲレンデでのスピードより10%から20%高いスピードの次元で、スタートからゴールまでミスなく滑りきる事が、勝負におけるスタートラインとなりますが、
日本の男子選手達は「使用するターンテクニック」がそれぞれ異なる様に見え、オーストリアやイタリアのように「統一した見解による目標の設定とトレーニングの指標」
が必要と感じました。
大会への取り組みといった観点から。
世界選手権へ派遣される日本代表の選手達の理想的な取組みとは「全員が世界一へ向かって邁進する」事ですが
各自様々な条件の中で「日常生活」と「グラススキー選手生活」の両立を計っているのが現状です。
代表として「世界一になる為に遠征を多くの方々にサポートしてもらっている」という事を前提に、代表選出後、選手が自らの意思で代表遠征参加決定してからの取り組みを考えていただきたいものです。
それが前提の選手とそうでない選手の差は「代表チーム内」にはあるべきではありません。
グラススキースポーツの「国内最高峰」としての誇りとプライドを持つ事が出来れば良いのではないでしょうか。
2.文化の違いについて・・・
「異文化」と一口に言いますが具体的にはどんな事が起こるのでしょうか?
後で笑ってすむ事、未だに後悔する事、最後まで疑問なままの事、日本選手達それぞれいろいろあったと思います。
私が個人的に思う「文化の違い」とは「モラルの違い」と感じました。「やって良い事と悪いことの境目の違い」です。
例えば良かった点としては、飛行機が真夜中に到着したにもかかわらずみんなで迎えに来てくれる
真夜中でも電話や用事を告げられるちょっとした問題も「ノープロブレム」と笑って済む
なぜか男性は現地の女性に女性は現地の男性にやたらと親切にされました。
また、悪かった点としては
誰も責任を取らないので、ホテルの部屋が人数分用意されていなくても平気だし、レセプション会場で席がなくても大丈夫。
時間にルーズなので大会が予定通りに始まらず最後は表彰式ができない、リザルトがでない、旗門審判員が機能しない、大会のルールが守られない。
また、友好的な観点から対応に苦慮した事は「敵国である日本チームの要求は一切スムースに受け入れられない」と思わなければならなかった事でした。
いろいろと難しい事もあるものです。
今回の遠征では心から感動しました。
理由は自国の選手が活躍したからです。いつか自分も表彰台で国旗を掲げ、更には表彰台の中央で国歌を流す選手になりたいと夢を持ちました。
また、自分以外の誰でも良いのでその夢を叶えてほしい、とそれもまた夢に思いました。それに協力できたらどんなに幸せでしょうか。
しかしそんな夢も「グラススキー」あっての物・・・このスポーツが魅力的で安全でより多くの人に共感を得られるスポーツであるために、世界中力を合わせて取組まなければなりません。
グラススキーの未来が夢、魅力あふれる未来である事を祈り、最後に応援していただいた全ての方に厚くお礼をさせて頂いてレポートとさせて頂きます.
グラススキー日本代表2005と飛鳥井匠哉を応援していただいて本当にありがとうございました。
石川豊彦(入間市役所GSC)
成田〜北京〜テヘラン〜スキー場まで15時間もかかりました。9月2日にイランに着いて、その日の午前中は板を組み立てて、午後はフリーと大回転をしました。
大会コースは使用禁止でした。その日の練習中に急斜面で曲がれなくてポールにぶつかって転んでしまい、左人差し指を痛めてしまいました。
3日は午前中岩登りや陸トレをして、午後は回転の練習をしましたが、その日は1本も完走できませんでした。その日の夜テヘランに移動し、
4日と5日の午前中は観光をして、午後は開会式でした。
開会式には、イランの人が大勢来てくれました(600人くらい)。本当にびっくりしました。イランはスポーツが盛んだと思いました。
今回の大会では、20番以内に入りたいというのが目標でした。
イランの大会のコースは、スタートして右カーブまでは急斜面で、カーブのところが荒れていましたが、芝はやわらかくてよい感じでした。
ゴールした後が急斜面で危険でした。
7日の回転は、1本目は落ち着いて滑りました。2本目は転倒する人が出ていてコースもかなり荒れていましたが、自分は絶対転ばないという気持ちで滑りました。
結果は22位で、目標には届かなかったけど、今までの自分の成績ではたぶん最高だと思いました。
8日の大回転は、途中水が流れて濡れている所があって、スタート順が遅かったこともあり芝も無くなっていて横ずれしやすく、2本ともラインがずれてしまいタイムが伸びませんでした。
9日のスーパーGはいいラインで滑れたのですが、スタートしてから10メートルくらい緩斜面で、国内のレースでは自分はあまり使っていない95cmの板だったため長くてうまく走れず
スタートダッシュがうまくいかなくて、タイムが伸びませんでした。結果は、回転22位、大回転34位、スーパーG35位、コンビ21位でしたが、3種目とも完走できて良かったと思います。
今回14年ぶりに代表に選ばれて世界選手権に行くことができ、外国人選手の滑りを見ることができて、とても勉強になりました。
特に切り替えの部分がものすごく素早くて、両足で乗れている感じですごかったです。今回代表として派遣して下さったグラススキー協会にとても感謝しています。
またチームメイトも、自分は難聴があってミーティングや大会中聞き取れないことなどが多いのですが、ゆっくり話して教えてくれたりいろいろ助けてくれました。ありがとうございました。
またいろいろな準備などして下さった藤田さんにも本当にお世話になりました。もうベテランと呼ばれる年齢ですが、今回の経験を生かし、これからも選手としても頑張りたいと
思いますし、ジュニアや後輩の育成、グラススキーの普及活動などにも協力したいと思います。本当にありがとうございました。
新谷起世(中尾山高原GSC)
私にとって今年の世界選手権は、チェコでの世界ジュニア世界選手権につづいて2度目の海外遠征、世界大会でした。
チェコで感じたことや経験したことをきちんと生かし、イランでも結果を残したいと強く思っていました。
そのため選考会の後1ヶ月トレーニングに励みました。私は学生で時間はあるので、そのほとんどをグラススキーの練習に使いました。
「今出来ることを一生懸命やろう。今しかやれないかもしれない。」という気持ちでした。
グラスをやることによって、迷惑をかける人たちもいましたが、今はその人たちに甘えさせてもらい、結果を残すことでお礼をしようと考えるようにしました。結果を残せる保障はありませんでしたが、やっぱり私はグラススキーが大好きで、これで頑張りたいと強く思っていて、それはきっと周りの人たちにも分かってもらえると信じていたので、周りの人たちに感謝する気持ちも含め、結果を出すことにこだわりを持つようになりました。
イランまでの道のりは飛行機の中から悲惨なものでした。しかしこれも異文化、貴重な体験をしていると思うようにしました。実際大会中も、運営の仕方や物事の考え方や、日本とは全く違うことが多々あり、大変でした。でもこれも異文化!!と割り切るしかありませんでした。
大会が始まり、周りの海外選手を見て、やっぱりスゴイと思いました。でも私も練習してきたし、チェコでメダルを取ったこと、入賞することができたことが自信になり、このイランで6位入賞を目指すことは夢ではなく、明確な目標に定め挑戦することにしました。
初戦のスラローム、1本目、経験したことの無いインターバル、スピードセットでした。なんとかゴールしたもののタイムは悪かったです。2本目はホールラインが何度も変わるテクニカルセット。インスペクションをして難しいと思いましたが、注意するところをきちんと教えてもらい、励ましてもらい自信を持って滑ることが出来ました。
2日目GS、1本目は自分の思うような滑りが出来ませんでした。2本目のスタート前、1本目何故うまくいかなかったのか、タイムを出せなかったのか考え、同じことを繰り返さないように、何度も何度も頭の中で良いイメージを描きました。そしてスタート直前、飛鳥井さんにストレッチをしてもらい、励ましてもらいスタートしました。このGSの2本目は自分でも満足の出来る1本でした。
ラップとのタイム差もコンマ差でとても嬉しかったです。
3日目SG。SGは日本でたくさん練習しました。しかしSGは1本しかないので、いつも1本目が悪く、2本目が良い私にとって上を目指すには少し難しい種目でした。ラストの1本。気合を入れて、勇気を出して滑りました。気持ち的には「いける」と思っていましたが、ゴールしてタイムを見てみるとあまり良くなく残念でした。
この大会を通して、大会で勝つためにはもちろんトレーニングして、グラススキーをたくさん滑ることも大切ですが、精神的にもっと強くならなければいけないと思いました。日本代表選手として自信を持って大会に挑むことが大切だと感じました。
私にとって世界選手権に出場することは、初めてグラススキーの大会に出た10年前からの夢でした。
今年、その夢をやっと叶えることが出来ました。そして、その大舞台でSL6位、GS6位、SG8位、CB6位という成績を残すことができました。
夢の舞台で「入賞」という、皆が認めてくれる結果を残すことが出来たと思います。滑りについては納得のいかないことのほうが多かったのですが、そのことが私をこれからもっと頑張らせてくれる種になると思いました。
今年私は子供の頃からの夢を叶え、そして今また新しい夢を見つけることが出来ました。
今回、一緒に大会に出場した飛鳥井さん、石川さん、将軍くん、すーちゃん、本当にありがとうございました。
私が結果を残すことが出来たのは、いつも側で励ましてくれる皆様がいたからです。ゴールして自分のタイムを見るより先に「ゆきよちゃんどうだった?」と声をかけてもらい、私は皆様に支えられ、今ここで頑張ることが出来ているのだと強く実感し、改めてここは私の踏ん張りどころだと思っていました。本当にありがとうございました。
最後にお父さん、お母さん、中尾山高原の皆さん、Team DLWHの皆さん、グラススキー協会の皆さん、応援して下さったすべての方々に心から感謝しています。本当にありがとうございました。
中野 佐保里(TEAM DLWH)
グラススキーをはじめてから5年、私にとって初めての世界選手権への出場が決まった。開催地がイランだと聞いたときから何か起きる予感がしていたが、結果的に想像以上の貴重な体験をさせていただくことになった。
それは飛行機に乗ったときから始まった。まず、飛行機に搭乗し新谷選手と席について間もなく、床が濡れていることに気づいた。「ん?床が濡れている?」よくよくにおいをかいでみたらトイレの水が流れ出していたのだ。今になって思えばこのときから私にとっての世界選手権が始まっていた。何もかもがスムーズにいかず、それらのことが大きな障害となる。でも「日本代表になった以上やるしかない。」と自分に言い聞かせた。
初日、現地の飛行場から宿舎に向かった。ハリウッド映画のようにカーチェイスをしながらの車での移動、ガードレールすらない崖道を走り開催地である「Dizn」に着いた。その日は午後から練習と聞いて少し眠り、時間まで練習用の85cmの板を作った。でも、ぎりぎりで完成したもののいきなり飛鳥井キャプテンに怒られる始末。いざコースへ、練習バーンは今まで経験したことのないほどの急斜面…練習ができる自信がない。ひたすら私の気持ちはマイナスの方向へ。ポールセットはGS、やはり滑れない…。怖さ、止まれない、泥だらけ…。最後に勇気を振り絞って滑ったら大転倒、左手親指を捻挫してしまった、とても、このあと10日間もここにいれるとは思えなかった。
練習2日目、朝のコントレ、部屋の前の廊下に10時集合。トレーニングシューズに履き替えずに廊下にでた私が慌てて靴を履き替えに行こうとしたら部屋のドアが開かない。またもや飛鳥井キャプテンに怒鳴り上げられる。コントレを終了したもののとても長い時間運動が出来る状態ではない…聞いたところ標高は2000m越えていた、本当に大丈夫であろうか…。
午後のトレーニングはSL。いきなり新谷選手の大転倒を目撃し、私には絶対にできないと確信した。せめて緩やかな斜面だけでも練習しようと試みた。でも、練習終了後またもや飛鳥井キャプテンに怒鳴り上げられる。怒鳴りあげられた内容は、新谷選手の練習の邪魔をしないで欲しいと…。この時点で私の世界選手権は終わったと心の中で思った。もう、大会への気持ちは薄れ日本に戻りたかった。夜のミーティングで飛鳥井キャプテンの熱い言葉を聞き、目標はと聞かれたが「何もない。」と一言いうのが精一杯だった。
翌日からはテヘランへ移動。ヨーロッパ各国のチームと合流し観光に連れていかれた。私にとってさほど興味もないホセインの自宅や富豪の建物など見せられた。
次の日もカビ臭い建物見学あやしいランチへと観光が続いた。このとき知らされていたのは、大会までゲレンデで練習できない。しかしここはイラン…イランチームだけはしっかり練習をしていたようだ。
夕方17時からオープニングセレモニーが行われ、だんだん気分も晴れてきた。なんだかアイドルになった気分だ。訳もなく「キャーキャー」いわれるのだ。開会式も盛大に終わり、夕食会だというがこのときすでに21時過ぎ…しかもイラン料理が口に合わない。私には食事自体がストレスであった。現地の人たちは意味の分からないペルシャ語でひたすら盛り上がっている。我々選手たちは夕食会の途中でどんどんホテルへと帰って行った。そして、そのときも誰も帰り道がわからない状態…そんな時、選手たちが次々に口にした“Because of IRAN”
公式練習当日は朝の移動。移動してから朝食にするということで6時過ぎには出発したが、とにかく車の運転が荒いのでうかうか寝ていられない。後ろに席を移動するために、これまで苦手だった英語で、このときばかりはイタリアの選手にお願いし何とか席を確保した。現地に着いたもののスケジュールが分からない…。お昼になり午後から3チームに分かれて練習をするということに。私たち日本チームは最終の練習ということで16:45から開始すると言われた。早め早めに準備を終え移動のバスを待った。ホテルからゲレンデまで約20分かかるのにバスが迎えに来たのは16:45…意味がわからない。しかも公式練習なのに試合バーンは使えない。飛鳥井キャプテンの怒りの矛先も変わってきた。公式練習の時は最初の2日間とは違い少し恐怖感もとれて、イタリア女子チーム並みに滑れた。徐々に自信もついてきた、明日からは本番である。
朝「やっぱり朝食はご飯でしょ!!」と持ってきていたレトルトご飯にふりかけでご飯を食べた。やっぱりいろんな意味で日本は最高だ。
まずは朝のトレーニング。試合バーンでの練習となり一人2本フリー滑走を行った。心なしか練習バーンより斜度が緩く感じ気持ちよくスタートできた。でも見た目の斜度感より実際はスピードが出て少し怖かったが地面が軟らかいので気持ちよく滑れる。しかしゴールだけは相変わらず恐ろしい。
SLは一人2本の練習。スタートへ行き並んでいたがなんだか別の選手に先に滑られてしまう。ここでも英語ができない自分はただ従うしかなかった。でも、予想以上にSLの調子が良かった、通れるである、すっかり自信が戻った。一度、お昼を食べにホテルに帰り、またバスで移動の為、SLの試合が始まる13:30出発のバスを待った。やはり、出発は遅れる。ゲレンデへ着いてスタート台へ上げる荷物をトラックに載せた。しかし、ここでも“Because of IRAN” ある選手はポールを折られ、また別の選手は板のガードが割れてしまった。いよいよゼッケンを渡され…ここで見たものはタイムを競う競技とはかけ離れたダボダボのゼッケン…飛鳥井キャプテンの一言「これがこの大会の集大成だ!!」と。チーム全員がうなずいた。
インスペクションをするためゴールゾーンで待機。ここからは集中し、とにかくセットを覚えること。チームの仲間とは離れ一人でインスペクションをすることにした。どこがキツイのかは分からないがセットを覚えれば、私に73cmのスキーなら絶対通れるという自信があった。私の道具は無事に届き準備を進める。先にヨーロッパのトップ選手たちが次々にゴール、もちろん新谷選手もゴールした。私はFISポイントがないのでスタート順が遅かった。イランの女子チームに囲まれなんだか不安だったが、飛鳥井キャプテンのサポートのもと、チームメンバーに励まされスタート台に上がった。
「もうやるしかない。」とスタートした。最初のオープン8本でペースは掴めた。次々に迫りくるポール、しかし次のポールは必ず私のライン上にあるのだ。信じられないスピードの中驚くほど上手に滑れた。ゴール後成績を見ると自分では信じられない結果「8位」だった。ゴールしたことが自信へとつながり、2本目のレースが楽しみになった。2本目、インスペクション時間は1本目より15分短かった。結果的にこれが私にとって最大の仇となった。インスペクションが終了し、頭の中で繰り返し復唱し、イメージを作ってからスタート台へ行こう思っていたが、ゼッケンコールもしないうちに1番の選手がスタートしたのだ。「嘘だろ…。」と新谷選手もあわててスタート台へ、次の私も慌てて準備をする。セットの復習をする間もなくスタート…案の定セットを間違えた。コースアウト後、他の選手を間近で見ながらゲレンデを下った。でも、とても勉強になった。1本目上位の選手が次々と失敗していくなか、新谷選手は6位の大健闘!!試合が終わり、私に飛鳥井キャプテンの一言「いつも通りだね。」…本当過ぎて言葉がない。帰りのバスで新谷選手とこんな話をした。「明日からのほうがやっぱりチャンスじゃない?SLは技術的に差があるように感じたし。」と。
試合が終了しホテルに戻るともう20時。さっさと夕食を済ませようとしてもなんだかイランチームが群がってくる…。私は板も完成し明日に備え就寝。新谷選手はその後も深夜まで板を作っていたようだ。
「朝はやっぱりご飯でしょ。」と残り2つのご飯を食べ、昨日と同じ朝のトレーニングに向かった。試合バーンの上部がフリーで、下部にポールが張ってある。はっきりいって入れる自信がない。不安を抱えたまま試合に望むことに。昼食を済ませ試合会場へ。でも、インスペクションの時間になってもフラッグが付いていないのだ…。しかも、ゼッケンには、BMW宣伝用のシールが貼り付けてありとても動きづらい、だんだん頭に来る。こんな邪魔なものつけやがって…。何とかインスペクションを終了し、いつ試合が始まってもいいように準備を整えた。でも、ゼッケンは相変わらず遅く17番。イランチームに囲まれその選手達は次々途中棄権。怪我人は出るし、しかもやはりフラッグが規定のものでないので選手が滑るたびに壊れる…。どんどん時間だけが過ぎ不安ばかり抱えることに。心配していたのは4本目、不安ながらにスタートした。マックススピードになるところが片斜面で苦手なターンだった。やはり、コースアウトした。「やっぱり無理だな。」と納得の結果だった。2本目は当然滑れないのでビデオ係りに回った。一応全てインスペクションをし、ヤン選手とリッキー選手の真剣勝負のインスペを横目に見ながら山を登った。選手たちもSLよりも忙しくなく準備ができていたようだ。私はビデオの位置を決め、女子選手のスタートを待った。自分がスタートするわけでもないのにドキドキした。スタートリストを見せてもらったら、なんと私が2番スタートに、あきれてしまった。やはり、記録も無茶苦茶だったらしい。新谷選手が滑っているのにアナウンスは“SAORI NAKANO JAPAN”どんどん滑っていく中でもベテランの選手はうまかった、微塵も不安が見えない。どうこうしろという技術ではなく“自分の出せるものはこれが全て”みたいなものが溢れている。
自分の滑りはどう見えているのかわからないが、勉強になった。
男子は特にすごかった。ビデオを取りながら興奮した。同じ選手ながら憧れの選手までできた。本当に速くなりたいと思った。レース終了後もしばらく興奮冷めることはなかった。その日はフラワーセレモニーがあった。憧れの選手GSのチャンピオンSARTORI選手がもらったフラワーを私にくれた。もう、言葉がなくしかも帰りのバスは隣に座ってくれて、もう涙が出るほどうれしかった。こんなにすばらしい選手たちと戦っていることに誇りを持ち、明日は全力で戦おうと強く思った。
夕食後、今日は表彰式をすると21時にホールに集まった。しかし、すぐには始まらない。どのチームも不満の塊になっていたようである。国旗が揚がり表彰式が終わった。新谷選手が壇上にいることがちょっとうらやましかった。終わったのは23時過ぎ…相変わらず夜遅くまで板の手入れをする新谷選手を横目に就寝。
泣いても笑ってもこれが最後。朝はもちろん最後のレトルトご飯を食べトレーニングへ。一番上からSGLのポールは張ってあった。思ったより上手く滑れたがゴールしてから大転倒…練習で痛めた左の親指は更にダメージを受けた。けれども、少しだけ自信があった。「ゴールさえすれば何とかなるかも…。」昼食後試合が始まる。今日、金曜日はイランのホリデー。どこから来たのかわからないが人で溢れていた。最後のレースに勝負を賭けて滑ろうと自分に誓いインスペクションをした。どう見ようが簡単に見えるセット。どうしよう…本当に簡単なのであろうか?と不安になるぐらい自分では簡単だった。スタートは18番、女子の最終スタート。次々選手がゴールをしていきいよいよ自分の番に。憧れのSARTORI選手に目をやり不安を勇気に変え、スタート台へ。ジャンピングスタートをしようとイメージしたができず、いつもどおりのしけたスタート。一生懸命漕いで二旗門目へ、自分の中で精一杯滑る。スルーでは、頭でポールをたたき、最後のポールもしっかり滑りゴールへ「やったー!」と思ったのもつかの間、ゴールゾーンで大転倒。でも、完走したうれしさからか痛みを感じない。
ただ、ただ涙が溢れた。新谷選手が走ってきて「入賞したよ。」と。二人で抱きあいながら喜んだ。本当にうれしかった。何だか、最後の最後に夢がかなった。本当に涙が止まらなかった。
続く男子選手も次々ゴール。飛鳥井キャプテンもゴールし、私の成績を知り、泣きながら一緒に喜んでくれた。チームのみんなも喜んでくれた。滑り的に何が良くて、何が良くないかは分からない、でも、完走した事実と成績が出た事実に技術的な答えがあるように思えた。また、グラススキーが楽しくなった。表彰式になり、どこから人が溢れてきたのかゲレンデを埋め尽くす人の数…少し怖かった、そんな中での表彰式。オーストリアの国家が流れていたが何だかジーンときた、感動した。
ホテルへ帰り、夜が更けるまで他の国の選手達と交流した、みんな楽しそうだった。
余談だけれど、とにかくこの国は大会以外でも気を抜けない国だった。最終的にリラで2,500円分、日本円で2万円、合わせて22,500円分現金を盗まれた。最終日、飛行場へ向かうのに16時に待ち合わせをしたのに迎えが来たのは17時、本当に最後まで気の抜けない国だった。
最後に「チームのみんなありがとう!」「日本でいろんな意味で気が抜けずに応援してくれたみんなありがとう!」心から感謝申し上げます。
木川将軍(サンパーク都留GSC)
2005年9月、私はイランで開かれるグラススキー世界選手権に向け成田を出発しました。
と、突然「なんかビチョビチョしてる」との声。見てみるとトイレの水が漏れてきてるではありませんか。なんて事だ…日本チーム驚愕…ふと下を見るとパネルが取れてる。外を見ると羽が破損。。。
最初からAWAYの香りプンプンです。それでも無事?テヘランに到着。
9月2日DIZIN到着。夜中3時過ぎということもあり就寝。起きたらトレーニングです。朝を向かえ初のイラン食にもめげず、午後からグラススキートレーニング開始。GSのトレーニングを1時間ほどしました。
コースは緩やかな緩斜面から見下ろすほどの急斜面。そして緩斜面と刺激的なコースです。
しかし地面はやわらかく芝も長く日本のコースに似ていたこともあり失敗するものの絶好調!スピードも気持ちがいいものです。9月3日前日同様1時間程のSLトレーニング。
この頃には大分慣れ、ハイスピードのSLで気分は佐々木明で絶好調!!
トレーニング終了後開会式のためテヘランへ移動。 9月4日は一日テヘラン観光。
9月5日午前観光、午後から開会式。続々と各国の選手たちがイラン入り。嫌でも緊張感が…開会式は今までの経験の中でも一番度派手に行われました。
どうやらイランの方々は日本チームを歓迎してくれている様子。ちょっぴり気持ちが良いです。
9月6日早朝DIZINへ。大型バスが山道を駆け抜けます。追い越しまくりの、あおりまくりです。この頃にはもうちょっとやそっとじゃ驚きません。
午後から公式トレーニング開始。時間になってもバスが来ない事にもめげずSLのトレーニング。イタリアチームと合同で行いました。あいかわらずイタリアチーム、ブラボーです。
9月7日いよいよ本番です。私はSLポイントが悪いのに38番スタートと好条件。各国の選手たちの滑りを目の当たりにしてまた驚愕。
前回の世界戦出場から2年、やれる事やれない事もありつつ頑張ってきました。何もできずに終わった悔しさをバネに…しかし忘れてることもありました。
2年たってるのは自分だけじゃないと。しかしレースが始まった今、そんなことを気にしてても仕方がないので、やってきた事を信じて気持ちを切り替えスタート準備。
いざスタートしてみると、不思議とターンするところにポールがあるかのような素敵なセッティング。スピードの出すぎも気持ちよく、無事ゴール。
30〜32番あたりのタイムでした。さぁ二本目です。先ほどとはうってかわってトリッキーなセッティング。各国のトップ選手ですら転倒する中!私も見事に転倒。
なんだかな…。結局女子で新谷さんが6位入賞!!!まったく世界の強豪にひけをとらない素晴らしい滑りでした。本当に感動しました。刺激されつつ明日はGSです。
9月8日GS。この日はスピードの出るコースでのスピードセットに体がついて行けず一本目でコースアウト。二本目は外からの応援になってしまいました。
しかしそこでもやってくれました新谷選手!タイムは今一歩及ばないものの、表彰台を思わせるような素晴らしい滑り!一体この子はどこまでいってしまうんだろう。。。外からの観戦で冷静に色々と思う事ができました。男子選手も頑張ってます。
9月9日。SGL。泣いても笑っても最終日。何とか成績を出したい。一本しかないんだからフルアタックで。自分の悪い癖が出ないように。色々考えてると、やってくれ
ました中野さん!なんと6位入賞!完全にノリノリです。すごく気分良くスタートできました。一旗門目までも、調子のいい時の感覚?で急斜面に突入。しかし…何がどうなったのか、気づいたら体が中に浮いてました。怪我はなくコース端によけてレースを見ていると緊張が解けたのか急に悔しさがこみ上げてきました。世界は中々難しい…。しかし今回はどんな状況に陥っても、常にモチベーションが下がらずにいけました。結果はよろしくなかったですが、また一つ成長できた様な気がします。世界戦は難しいですが、本当に多くを学べました。
今回の遠征では、本当に異文化との戦いでした。そんな中でも、自分のレースもあるのに投げ出すこともせず最後まで面倒見てくれた飛鳥井キャプテン、
いつも笑顔を忘れず一緒に戦ってくれた日本チーム、常に気にかけてくれた藤田さん、協会の方たち、ずっと支えてくれてこんな素晴らしいスポーツをやらせてくれた両親、応援してくれた格方々の方たちに感謝してもしきれません。本当にありがとうございました。将軍はまた大きくなりましたよ!!
きっと次は大きなお土産を持って帰ります!!!